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「800字文学館」

金の成る木

野瀬 隆平

 極彩色で飾られた華麗な拝殿でお参りを済ませ、さらに奥へと石段を昇ると、家康公のお墓があった。久能山の東照宮である。
 手を合わせたあと、ふと右に目をやると何やら立札が掲げてある。読んでみると、次のようなことが書かれていた。
 家康公が、家臣たちに「金の成る木」とは何か知っているかと尋ねたけれど、誰も答えられなかった。そこで自ら筆をとって、三本の木を描き、
「よろず程のよ木」「志ひふかき(慈悲深き)」「志やうじ木(正直)」
 と書いて、これを常々心にとどめておけば必ず富貴を得られようと言った、云々と。

 家康が残した言葉だ。遺訓でよく知られているのは、先ほどのお墓の前にも掲げてあった、例の「人の一生は重荷を負って遠き道をゆくが如し、……」というもの。しかし、この「金の成る木」のことは、正直なところ知らなかった。
 立札のすぐ近くに、杉の大木がそびえている。三代将軍の家光公の時代に植えられたもので、樹齢三百五十年を超えていると言われている。
 この三つの「き」に、のちに家臣の一人が、いくつかの「き」を付け加えている。「いさぎよ木」「志んぼうつよ木」「ゆだんな木」、などである。

 単に、お金を増やす秘訣としてはなく、てひいてはそれが家内の安全と平穏を保つためにもなると家康は考えて、この言葉を残したのであろう。いずれにしても、商売繁盛のご利益を得ようとする人が多く訪れ、誰からともなく、杉の木に願掛けとして、お賽銭を上げるようになった。よく見ると、木肌の隙間にまで、硬貨が何枚も差し込まれていた。

 お金は持っていないと困る。けれども、沢山あればそれだけ幸せになるとは限らない。何に価値を見いだして生きていくかが大切だ。
 日本経済の先行きに強い関心を抱き、大胆な金融政策の結果どうなるのか、貨幣(お金)とは何かについて思いを巡らしていた私は、四百年も前に生きた家康公から、もっと広い視野に立って考えるよう示唆された気がした。

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