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「800字文学館」

泣かれた話

中村 晃也

「ちょっと相談にのって欲しい」といわれてYに会った。彼はN社の渉外担当の課長で、会うなり「私は良く泣かれるのです」というのである。

 東京で、外国人のホステスのいるスナックに入った。最初の一杯を飲んだところで、マレーシアから来たという娘が、Yの顔を見て彼女の父親にソックリだと言い出し、涙ぐんでいたが、しばらくして号泣にかわった。
「酒なんか飲めたものではないですよ」

「イギリスでも……」
 ある市で一週間続くビジネスショウがあったが、市内のホテルは既に満員で、彼はやむなく市の中心部からバスで一時間余りの、プリスシャイアという町に泊った。
 旅籠屋然としたホテルにチェックインすると、レジの肥ったオバサンは「日本から?この街では三十年ぶりよ!」と興奮して叫んだものだ。

 翌晩ホテルに戻ると、十人ほどの人がロビーで彼を待っていた。
「私達はこの町の老人クラブのメンバーで、日本人を見たことが無い人ばかりです。この機会に是非日本についていろいろなことを聞かせて欲しい」
 それから毎晩、彼は質問に応じて日本の地理気候や食べ物、政治、見合い結婚、新幹線などについて講義するはめになった。

 彼はその街では有名人になり、バスの運転手も彼に挨拶するようになった。
 ある朝、バスの中で、座っていた東洋人と目が合うと、その老人は急に顔をクシャクシャにして、駆け寄って来た。
「私は五十年前に、知人のいないこの街に来て、苦労して今では中華料理店を経営している。この街で同郷の人に会うのはじめてだ。本当に懐かしい」といって大声で泣き出した。
「私は日本人です」といっても「いや、あなたは中国人だ」と主張してやまない。バスの運転手は「中国と日本は隣だから、言葉も人種も同じだろう」と納得している。「イングランドとウエールズみたいなものだ」

「中村さん、外国人に泣かれないようにするにはどうすればいいんでしょうね?」と聞かれて、私はこう答えた。
「簡単ですよ。先に泣くことです」

二十五年三月

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