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「800字文学館」

芝居小屋康楽館

大月 和彦

 色とりどりの幟がはためく桜並木の中ほどに白亜の三層の建物があった。昨秋、かつては鉱山で栄えた秋田県小坂町を訪ねた時、街の中心部の芝居小屋で男衆が声をからして呼び込んでいるのにつられて入ってしまった。築後100年、重文に指定された日本最古の芝居小屋という。
 和洋折衷風の出し物は人情芝居「唐人お吉」と舞踊ショーとある。「康楽館 観劇通り札」を買う。2000千円。
 内部の造作は純和風で、昔、田舎町にあった芝居小屋そのまま。入ったところが板の間、ここで靴を脱ぎビニール袋に入れて持ち込む。垂れ幕をくぐると客席、薄べりが敷かれ、二つに区切られた広間に座布団が並べてある。百枚ぐらいか。天井は吹き抜けで、両側の一段高くなった所に花道が二本。二階は桟敷席になっている。回り舞台もあり伝統的な歌舞伎小屋の仕掛けが残っているという。
 貸し切りバスで来た県内の中学生が50人ばかりと10数人の団体客が座っている。男衆がジュースやせんべいが入った箱を肩に掛けて売り歩く。特製の弁当は予約制という。

 幕が開く。「唐人お吉物語」。安政4年、アメリカの総領事ハリスが下田の玉泉寺に居を構え、幕府と通商条約を結ぼうとしていた。下田奉行井上信濃守と支配組頭伊佐新次郎はハリスの機嫌をとるため下田一の芸者お吉(17歳)をあてがおうと企む。しかしお吉には将来を誓った恋人、船大工鶴松がいた。伊佐はお吉に「ハリスの元に行けば鶴松を侍に取り立てる」と持ちかけ、お吉は泣く泣くハリスの元に向かう・・・。

 お吉役は座長の松井悠、明治座で座長公演をしたり、NHKの大河ドラマに出たことがあるという。あでやかな芸者姿で役人に向かって啖呵を切ったり、鶴松に変心を問い糺したりする。
 ハリス帰国後、下田にいられなくなったお吉は横浜に流れていく。再び下田に戻ってきたときは乞食同然になり、身投げしてしまう。女の悲しさや切なさに泣かされる一幕だった。
 終わった後、出演者全員が玄関に出て、観客と握手をしたり手を振ったりしていた。遠い昭和の光景があった。

(13・2・8)

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