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「800字文学館」

フォアグラとアーティショー

志村 良知

 フォアグラはおいしい。特にフォアグラ・ショ(ソテー)はたまらない。一寸焦げ目がついた外側をナイフで破ると、脂と旨みの熱い凝集体が固体を保ちきれず微かに震えながらはみ出してくる。地球最後の日には、これに甘口のトーカイ・ピノ・グリを合わせ、真空管アンプからモーツァルトのクラリネット協奏曲の第二楽章を流したい。
 アルザスのフォアグラは、ガチョウではなく鴨の肝臓から作る。フォアグラ・ショならアルザス産という定評はアルザスの地元贔屓というわけではなく、かなり普遍的らしい。
 フォアグラはエスカルゴと並ぶ異形のアントレであるが、フォアグラ・ショやエスカルゴ一ダースをやっつけてから、さあポアソンだヴィアンドだと奮い立ち、締めにはフロマージュもデセールも片つけるフランス人の胃袋も凄い。

 これらの対極にあるアントレは、アーティショーであろう。おいしいかどうかは人によるが、胃にも財布にも負担はごく小さい。食べ方はアーティショー・オウ・ナチュレル、即ち丸茹でが食べ難いが面白い。大鍋に湯を沸かし、丸ごとのアーティショーの先とへたを切って投入する。米ぬかを入れる必要はないが、レモンは入れた方が良い。三十分ほど茹でたらへたに近い方から鱗状の萼を指で一枚づつむしり取り、内側に付いているわずかな量の葉肉を下歯でこそげとる。酢・油・塩にディジョンのからしを混ぜたソースが合う。回りを順々に食べていくと、やがて食べられない花弁の部分に至るのでこれははぎ取り、雌蕊と思われる部分もこそげ落とし、形も大きさもシャンペンの栓そっくりな芯を取り出す。これがアーティショーの本命で独特の食感を楽しむ。後には大量のごみが残る。
 茹でたては物凄く熱く、指先がたまらないので、家族で食べるとき子供にはお父さんの介添えが必要そうである。アーティショーを見るとお父さんが食べさせてくれたのを思い出す、というフランス人も多いのではないかと思う。

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