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「800字文学館」

今年の歌舞伎界

都甲 昌利

 今年は嬉しいことと悲しいことが重なった。嬉しいことは新橋演舞場の6月大歌舞伎で俳優・香川照之が父親の市川猿之助との確執が溶けて市川中車を襲名して歌舞伎界に登場したことである。更に初代市川猿翁の50回忌だ。この節目に会わせて猿之助が二代目猿翁、市川亀次郎が四代目猿之助を襲名、それに復帰した中車の息子政明(6歳)が市川団子を名乗り初舞台を披露するという6月大歌舞伎。

 素人歌舞伎ファンとして、このような機会はもう二度とないと思い、あわてて観劇券を買った。運良く初日の切符が手に入った。襲名披露の初日とあって新橋演舞場は超満員。報道関係者や芸能記者が多く詰め掛け立見席も出るほどだった。

 演目は①岡本綺堂作『小栗栖の長兵衛』②口上③『義経千本桜(川連法眼館の場)』だ。中車が長兵衛を、猿之助は義経の股肱の臣・佐藤忠信を演じた。始まる前、映画俳優が果たして歌舞伎役者が務まるのかと案じていたが、少し声が上ずり上がっていたように思えたが、他の役者と比べ堂々として立派に主役を演じていた。「恥をかいても笑われてもいい。私の中の使命感に支えられ、決意を全うするだけ」と口上でも述べていた。これからの歌舞伎界を背負って立つ決意が感じられた。脳梗塞を患い闘病中の猿翁が、呂律の廻らない口調で精一杯口上を述べて観客を感激させ客席から万雷の拍手を浴びた。ふと一階の客席を見回すと浜木綿子の姿があった。息子と孫の晴舞台を涙で観ていたに違いない。

 猿之助の忠信は凄かった。凄いと言う意味はこの役は衣装の早代わり、飛んだり跳ねたり身体を後方にそらし、イナバウワー顔負けだ。歌舞伎役者が体操選手のように身体を鍛えなければならない。猿之助は未だ若いこの演技が何歳まで続くのだろうかと余計なことを考えた。

 今年の悲しいことは12月5日、中村勘三郎が亡くなったことである。近々、浅草の平成中村座へ彼の至芸を観に行ことにしていた矢先で、残念で悔やまれる。

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