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「800字文学館」

冬のリビエラ

中村 晃也

 地中海に面して著名なリソートが連なる南フランスのリビエラ。コートダジュールに沿ったラ・クロワセット通りのパレ・デ・フェスチバル・エ・デコングレは、国際映画祭の舞台として有名である。世界のスターが昇り降りする赤絨毯の階段の、そのお隣のマジェスチック・バリエルホテルが我々の宿舎である。

 私の勤めた会社は毎年一月に世界五十二カ国のマネージメントチームを集めて約一週間のセミナーを開催する。過去一年の業績評価と、次の一年の事業目標を検討するのだ。会場はオフシーズンのパリのデズニーランドホテルだったり、今年のようにカンヌのホテルだったりいろいろだ。
 昼間は各国の業績と問題点の討議に終始するが、夕食後は弦楽器のアンサンブルを聴いたり、操り人形のショウを見たり日本の会社では考えられない文化行事が組み込まれている。そして日曜日には全員参加の大ヨットレースだ。

 オフシーズンで出漁しない漁船を六隻チャーターして各二十名が乗り込み、カンヌ港から沖合いのサン・マルグリッド島を二周するコースに挑む。この島はアレキサンドル・デュマの書いた鉄仮面が幽閉された島で有名である。
 各自にワインとサンドイッチが支給され、朝九時にレース開始。寒風をついて冬の地中海に乗り出す。各船にはヨット運転の経験者が数名ずつ配置され、我々その他大勢組は船が傾いたときのバランスの役目だ。

 漁船とはいえ六隻の全長三十米の船が帆を一杯に張り、斜めになって波の高い冬の海を疾走する姿は壮観だ。逆風になると船の歩みが極端に遅くなり、船足に差が出てくる。頭から浪をかぶってヤッケが浸みてくる。寒風に吹かれどうしでワインなんか飲んでいられない。風を避けて入った船室は、普段は魚の補助倉庫に使うらしい。

 翌朝のセミナー会場は魚臭に満ち、そのうえ鼻を啜り上げる音が絶えなかった。ご丁寧なことに各自に風邪薬が配られた。「薬なんか呉れなくてもいいからはやく会議を終えて呉れ」と隣りの男が呟いた。

二十四年十一月

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