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「800字文学館」

ルルド

志村 良知

 ルルドは、ピレネー山脈がフランス中部の平原にさしかかって平らになろうとする所にある人口一万五千余の町である。まだ斜面が続いていて町中の川は急流であり、氷河の浸食の名残の岩山があちらこちらに残っている。ルルドの名前を世界的に有名にしている奇跡の泉もこうした岩山の一つにある洞窟に湧いている。
 手足の麻痺や近代医学では治らない難病を治すという奇跡の泉は、中世以前からあるような錯覚に陥るが、実は1858年に14歳の少女ベルナデット・スービルが目前に現れた聖母マリアの啓示により素手で掘ったとされる。さらに数々の奇跡により、ベルナデットが聖人に列せられたのは1933年の事であるから随分と新しい出来事である。
 奇跡の泉による治癒は、ルルドの医学協会により近代医学では不治の病気が治った、という認定があったものに限られ、現在までに六七例が認められているという。
 奇跡の泉は大聖堂の脇の広場の一角にあり、そこからパイプが引かれた水汲場には世界中からの巡礼の老若男女が集まり、大小の容器に水を汲んだり、飲んだりしている。病気治療の水浴の為には別途専用の施設があるのだという。大聖堂や泉がある聖なる地域は高いフェンスで囲われ、夜は閉められる。入場にはドレスコードがあり、肌の露出の多い服装だと警備員に止められる。

 しかし、町は極めて歓楽的で、フランスには珍しく各国語の看板を掲げたホテルや土産物屋が並び、猥雑とも言える活気がある。土産物屋に目立つのは、何とポリタンクで、奇蹟の泉の青いロゴ入りの二十リットル位から鉛筆大まで各種容量のタンクが並べられている。ペナントやマリア像や写真などがあるのは勿論で、そこに神風の鉢巻きや木刀があったら日本の観光地の土産物屋そっくりである。
 聖地の入り口で十人位の若者達に出会った。聞けば、南フランスのペルピニャンからで、車椅子を押すなど巡礼の世話をする一週間の奉仕活動に来ているとの事であった。

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