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「800字文学館」

広河原温泉

稲宮 健一

 もう何遍目になるか、かつての職場の同期の仲間一六人で山形県の山間地にある秘湯の湯「広河原温泉」に出かけた。遠足は楽しかったもので、七〇過ぎの男どもが頬を緩めて東京駅に集まった。九時二八分発のMaxとき315号に乗車、早速森さんの世話女房が丹精込めて作った無花果に生ハムを乗せたおつまみと、缶ビールが向き合わせシートにした席に配られた。朝から乾杯とはお役御免のお年寄りの特権だね。

 わいわいがやがや、少し隣の席を気にしながら、大人の遠足は新潟に着いた。羽越線に乗り換えると、窓から黄金色の稲穂がたなびく田圃がどこまでもついて来る。米坂線始発駅、坂町に到着。暑い、台風の影響で三五度を超える猛暑。
 一時間待って、一両の気動車に乗車。緑に覆われた磐梯朝日国立公園の中を抜けて、目的地の手ノ子駅に到着した。そこから、宿の出迎えバスに乗って、今日の宿、一軒屋の「湯の華」に到着した。

 お彼岸前午後四時の日まだは高い。早速露天風呂に飛び込んだ。風呂は鉄分の濃い黄色い湯でぬるい。湯からは薄い髪や、光かった頭がずらりと並ぶ光景は何か妙な感じだ。簡単な木製の塀越しの谷合のずーと向にうっそうとした林が見える。林は風に吹かれて、速くもなく、遅くもなく、静かに呼吸するように横一筋、二筋と帯をなし、遠くで揺れている。中央には大きな岩があって、その真ん中から勢いよく湯が噴き出す。この温泉の目玉である間欠泉が静けさを破ってガァーという音で噴き出す。人の背丈程の高さだから、この露天風呂に似合った大きさだ。ぬるいお湯にいつまでも浸かっていられる感じがした。
 そして、山菜、岩魚の夕食、酒類を持ち寄った食後のコンパ、これで旅の半分が過ぎた。

 戦後の復興期に脇目も振らず働いた仲間達だ。昨今はこんな村社会的企業文化が崩れてきているが、いずれの時代でも、人は群れて仲間を作って生活してきた。また、違う意味での企業文化が発生して来ることだろう。

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