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「800字文学館」

夜毎のパリ

平尾 富男

 パリを訪れたら、昼間の美術館巡りは欠かせない。見たい作品をゆっくり鑑賞するには、ルーブルだけでも数日の滞在が必要だ。セーヌ河畔のオルセー美術館は、黒や濃紺の壁面を背景に絵画がより引き立つように今年全面リニューアルされた。モネの『睡蓮』連作で有名なオランジュリー美術館も外せない。
 無数の美術品を鑑賞した後は、フランス料理とワインに舌鼓を打つ。後にはオペラ、バレエのシアターも用意されているが、これは開催シーズンがあるから何時でもというわけにはいかない。

 夜の大人の楽しみは何と言っても、「リド」、「ムーラン・ルージュ」、「クレージー・ホース」の三大キャバレー巡りである。
 何と2012年の夏、こちらから出掛けて行かなくとも、夜のパリが東京にやって来てくれた。映画『クレージー・ホース』と『ミッドナイト・イン・パリ』が渋谷のBunkamuraで公開されたのだ。

 前者の映画は、粋で官能的な極上の大人の夜を演出する「クレージー・ホース」の表と裏を披露してくれる。プロダクションのテーマは、何と『DESIRE』だ。
 世界中からの観光客が一度は訪れたいと願う、パリっ子自慢の超高級「ストリップ小屋」なのだ。チケットを手に入れるのは容易ではない。
 映画館の中ではシャンパンこそ飲めないが、垂涎の魅惑世界の最新舞台と製作現場を覗かせてくれるのだから嬉しい。館内が中高年のご婦人で占められていることに、妙に納得させられる。

 そして、深夜零時を告げる時計台の鐘がなると、1920年代の文化・芸術が花開いたパリの街に案内してくれるのが、後者の映画なのだ。現代に生きる現実逃避的な脚本家の主人公が、夜毎タイムスリップを繰り返し、偉大な芸術家たちに巡り逢うというウディ・アレン監督ならではの魔法の世界が現出する。
 主人公が夜毎に出会うのが、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、更にはピカソ、ダリ、ロートレック、ゴーギャン等の当時の巨匠達なのだから、映画を観る方にとっても堪えられない。

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