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「800字文学館」

「静の桜」

大越 浩平

 五月の連休後、北アルプス山麓に遊ぶ。厳冬がゆるみ、道際の雪解け下から、ふきのとうが顔を出し、福寿草、辛夷、かたくり、水芭蕉、花桃や桜、林檎の花が次々に目覚めて咲き競い、新緑はゆっくりと山を登り始める。
 代かき馬(代掻き)の雪形が白馬岳に現れる季節を、雪解け水の川の轟音を聴き、熊除け鈴を響かせながら散策する。ふきのとう、たらの芽、こしあぶら、かんぞう、せり、つくし、こごみ、クレソン、あさつき、よめな、かたくり等、山菜を見つけて少々頂く。帰途、白馬連峰を一望出来る温泉に立ち寄る。雄大な景色に心身が癒やされる。

 カーラジオが季節限定酒「静の桜」の発売を告げていた。地酒を揃えている白馬の酒屋に取り寄せを頼む。「白馬錦」の醸造元、大町市の酒と教えられた。五十年前義兄と信濃四谷に遊び、日本のホワイトホースだと洒落て白馬錦を飲んだ。やや甘口で癖も無く、地元の食材との相性が良い。

「静の桜」が来た。美山錦百%、精米度四九%の吟醸生酒、唸った。香はしっとり、味はしっかり、喉越しゆったり、辛口の余韻が残り、くせの無い重量感溢れる旨酒だ。山菜は、おひたし、天ぷら、胡麻和え、卵とじ、よめなご飯に馬刺しも加えて、地元の友人とぐびぐび飲み、がつがつ食らい、大いに語り楽しむ。

「静の桜」の由縁を調べると、静御前伝説があった。静が義経を追い、奥州への道すがら、松本辺りで奥州への道を尋ねると、村民は奥州を大塩と聴き違え、美麻村の大塩を教える。大塩に辿り着き、間違いに気付いた静はがっくりと杖を突き、大塩で亡くなる。突いた場所に泉が湧き、杖が
「静の桜」となり咲き続けているという。大町の薬師寺には静御前の墓もある。
 伝説は讃岐、淡路島、栗橋、長岡、奥州郡山等各地に残る。義経への同情と、思いを果たせず世を去った「静」への哀悼と、理不尽な権力への怒りが村民の共感となり、ゆかりの地で語り継がれたのだろう。

 来年の「静の桜」、桜と酒が楽しみだ。

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