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「800字文学館」

首相へのメール

池田 隆

 四年前にNGO「ピースボート」企画の世界各地で被爆証言活動を行う航海に参加した。その際の船内講座で知ったが、英国ではメールや手紙で一般市民が首相へ自分の意見を直接提言するとのこと。実際にシドニーでは核軍縮国際会議を提唱するラッド首相へ激励文を手渡した。
 この手法にならい、昨年一月に原子力委員会の意見公募にメールで応じた。
「被爆経験を持ち、原子力タービンの設計に人生を投入した元技術者として、原発の危険性とリスクに鑑みて脱原発政策を提言する」
 その本格審議も始まらぬ三月十一日に福島原発事故が発生した。
 事態の深刻さと政府や東電の対応ぶりに居た堪れぬ思いになった私は三月末日に菅首相宛に「原発事故に対して首相が今行うべき喫緊の決断」と題して、次のようなメールを送った。
「事故対応への全力投入は当然の処置だが、それが一段落する前に他の国内原発で再び同様な事故が発生したならば、国民の対応能力の限界を完全に超すのは間違いない。運転中の全ての原発を即刻一時停止し、保管する核燃料棒の安全管理に全勢力を。それを指示できるのは首相だけです」
 五月初めに浜岡原発の即時停止命令が首相からやっと出た。しかし菅降ろしの勢いは増すばかり。折角の事故調査委員会も骨抜きになる気配である。六月末に首相へ再度の要望メールを送った。
「事故調査委員会を支え、自然エネルギー法案を成立させ、発送電分離などの課題を片付け、脱原発路線を粘り強く突き進まれたい」
 七月初めに菅首相は事故調の独立性保持や玄海原発停止を指示し、自然エネルギー法案やストレステスト実施を退任条件と決めた。
 菅首相からの返信はなく、私のメールに目を通したか否かも分らない。しかし結果としては首相へのメールに大筋で符合するようにこの一年強が経過し、現在国内の全原発が停止中である。このまま今夏を乗り切り、原発の再稼働がないことを祈る。菅元首相も同じ思いではなかろうか。

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