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「800字文学館」

ハンニバルの象が越えた峠

志村 良知

 長さ300㎞余、南北に走るフランス・アルプスは山懐が深く、人間との関係もスイスやオーストリアにおけるよりずっと古い。麓に中腹にと道が張り巡らされていて、アルプスにあって車で越えられる一番高い峠、車で行ける一番高い場所というのは共にフランス・アルプスにある。

 トラベルセッテ峠は、ツール・ド・フランスで有名なイゾアール峠の南側、デュランス川の渓谷を遡ったところにある。標高は2914m、現在でもイタリアに抜けられるが徒歩峠で、夏でも登山装備でガイドを雇った方が良いとされる。

 40頭余りの象を連れたハンニバルがアルプスのどこを越えて行ったかという命題への回答は、邪馬台国論争同様に諸説あるが、現在では峠越えの様子と前後の旅程、地形の記述からトラベルセッテ峠説が有力である。また、峠を越えてすぐ行われた第二次ポエニ戦争緒戦の「ティキヌスの戦い」の場所はトリノ近郊と考えられており、この事もトラベルセッテ峠説を裏づける。  トラベルセッテ峠が属するのはポー河の水源地帯であるモン・ヴィーゾ山群で、この山群への登山の歴史は古く、モン・ヴィーゾ登山とこの地方に伝わるハンニバル伝説の事はイギリスの絵入り観光案内新聞特派員のエドワード・ウィンパーが書いた『アルプス登攀記』にも登場する。しかし、ウィンパーはハンニバル伝説や、篭宿「象荘」の存在理由については戯言と決めつけ、鼻先で笑うような扱いにしているのは、双方のファンとして返す返すも残念なことである。

 ハンニバルが峠に着いたのは既に冬の十月で、厳しい風雪と寒さの中、滑落などで大量遭難を起こしながら象が通れる道を作り、何とか峠を越えさせた。しかしその象達はティキヌスの戦場には登場したものの、北イタリアの厳しい冬と沼沢地帯に全て遺え去った。ローマ南部での「カンナエ包囲戦」に至るまでのカルタゴ軍の連戦連勝の要因は、騎兵の機動力を生かした戦術の妙とされ、象とは全く関係ない。

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