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「800字文学館」

黄表紙を読む講座

池田 隆

 W大オープンカレッジの「江戸の絵本、黄表紙を読む」という講座に通い始めた。二十名ほどのアラセブの生徒がアラフォーの女性講師から講義を受ける。
 教材は黄表紙の草分けである「金々先生栄花夢」、十八世紀後半にベストセラーとなった大人向けの絵本である。B6版、単色木版刷、上下巻構成の各巻十頁、絵が主体の小冊子だが、隙間にはミミズの這ったような変体仮名の文章が隈なく埋っている。
 粗筋は江戸に出て金を稼ぎ享楽を夢見た若者が目黒不動の餅屋でつき上がる間に寝てしまい、真の夢を見る。ひょんなことで神田の大店の養子となり、好い気になって吉原、深川(辰巳)、品川と女遊びに呆け、最後に追返された所で目が覚める。夢で金持ちの空しさを悟り、故郷に引返す話だ。
 戯作者は小石川春日町に住む戀川春町と号する中級武士。浮世の栄華も邯鄲の夢のように儚いものだと読者を諌める。現代にも通じる拝金主義や首都人口集中の問題指摘だ。アラトゥエたちに学ばせたい内容で、アラセブではちと遅すぎる。
 絵に描かれた髷、着物柄、簪などの微妙な差異から当時の人は粋と野暮の違い、身分職業を容易に察したようだが、現代人には講師の詳細な解説が必要である。
 文章に軽い駄洒落や風刺が多い点は現代のコミックにも通じるが、和漢の古典や謡曲、浄瑠璃、歌舞伎の知識が読解に不可欠な点は古今の読者層の教養差であろう。
「茶かす」や地名「辰巳」の語源も遊里言葉だとこの講座で知った。
 講義で引用される川柳なども面白い。
 たとえば吉原は都心の北にあるので「北国」と呼んだが、其処へひとりで行くときの心境を京から北へ逃げる義仲になぞらえ、
 木曾殿は 心細くも ただ一騎
武家下屋敷や寺院が近隣に多い高輪での一首、
 品川の 客はにんべん あるとなし
私も黄表紙講座を受けた夜、青や紫に光るスカイツリーを見て、
 粋みやび 野暮を集める 誘蛾灯
遊里にならい、カ行音をはさみこんだ唐ことばで、
 オソカマキツクデケシコタ

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