作品の閲覧

「800字文学館」

旅日記 ―五箇山の宿―

野瀬 隆平

 雪景色を撮りに合掌造りの家が建ちならぶ白川郷と五箇山を訪ねた。五箇山は白川郷から近いけれど、バスの本数が少なく不便だ。そこで、白川郷に車で迎えに来てくれるホテルを五箇山の宿に選んだ。
 白川郷もほぼ撮りつくし、早めに五箇山に向かい温かい温泉につかりたいと思う。しかし、迎えの車が来る時間まではまだ間がある。バスの時間を尋ねようと観光案内所へおもむく。都合の良いバスが無い。受付嬢に、
「実はホテルの車が迎えに来るまでまだ2時間以上もあるけれど、頼めば早めに来てもらえるだろうか」
 と無理を承知で、ざっくばらんに相談してみた。早速、ホテルに電話してくれ色々やり取りの結果、すぐに迎えを出してもらうことになった。
 待つことおよそ40分、車が来た。客は当然私だけ。一人のためにわざわざ車を出してもらったことに恐縮する。道中、五箇山の話を聴いているうちに宿に着いた。大きなホテルの入り口に、「歓迎 野瀬隆平様」の看板が掲げられている。一人旅なのに、こんな歓迎を受けるとは。

 フロントから部屋に向かう長い廊下が少し寒い。途中に石油ストーブが置かれ暖めてはいるが……。
 夕食の時間、食堂に向かう。一番乗りだ。そのうちに他の客も来るのだろうと思っていたが、一向に現れない。聞くと「今晩はお客さんお一人ですよ」との返事。ホテル全体が、今夜は自分一人のために運営されているのだ。板前も一人のために料理を作ったことになる。廊下が寒かった理由が分かった。全館暖房は無駄なので、私が移動するところだけを暖めていたのである。

 翌日、最寄りの駅がある城端(じょうはな)まで送ってもらう。車で30分はかかるけれど、送迎のサービスをうたっているので頼んで当然。しかし、私しか乗らないのは明らかで、少々気が引ける。玄関で待っていると、やがて車が来て中年の女性が現れた。ホテルの人ではない。たまたま城端に出かける近所の人を探し出して、私の送りを頼んだのである。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧