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「800字文学館」

テンポラリー・ホームレス

志村 良知

 2月11日昼過ぎ、近所の図書館開催の「鶴見川の水運」と題する、映画、講演、パネルディスカッションの会に出かけた。鶴見川で最後まで残ったのは汚穢船で、その運用の記憶もあると言う方の参加もあって歴史の香り豊かな話で四時半まで盛り上がった。
 寒くなってきたこともあり、どこにも寄らずにまっすぐ帰り、玄関で血が逆流した。鍵を持っていない。家人は夕方から友達と演奏会で渋谷に行くと言っていたので10時までは帰ってこない。マンションの管理人には個人宅のドアは開けられないので、家人が帰って来るまで部屋には絶対に入れない。冬の外出だったので防寒の装備はしているが、所持金は300円足らずでカードも無い。地域は純住宅地なので、お金を払わずに何時間も坐っていられる暖かい場所というのは無いし、お金を払っても300円では何時間もは過ごせない。ホームレス見習い状態になってしまった。

 兎に角食おうと近所のコンビニで菓子パンと一番安い温かい飲み物を買う。マンションに戻りロビーでディナーを摂る。やっと6時、ここにいようかと思ったがじっとしているには寒い。ジムに行こうかとも考えたが、祝日なので8時には閉館してしまう。湯上りで寒空に放り出されるのは洒落にならない。

 新横浜駅ビルの書店の店内にはフリーで坐れる椅子が何脚かあるのを思い出した。同じビルの家電量販店は9時までやっているので書店も同じであろう。まっすぐ歩けば25分である。途中ホームセンターやホテルのショッピングモールを回り、駅ビルでも土産物屋から始めて量販店の全フロアを入念にチェックしてから書店に到着、幸い椅子は空いていた。
 閉店の追い出しアナウンスまでその辺にあった無料パンフレット類をじっくり読む。最後の一人になるまで粘り、さてどうすると、とぼとぼと歩いて家の近所まで来たら、駅の方から来た女性が突然「どこに行くの」と鋭く問うてきた。「わっ、閻魔様。いや地獄で菩薩様」

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