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「800字文学館」

第九合唱を四千人と歌う

上原 利夫

 かねてより、ベートーヴェンの交響曲第九番の合唱を歌うたのしさを聞いていた。しかし難しそうなので、やろうとは思わなかったが、三・一一のショックから立ち直るため、また、自分の喜寿を祝うため、第九を歌って元気づけようと考えた。たまたま十二月二十九日に西本智美さん指揮の四千人の合唱があるのを知り、早速申し込んだ。六月から練習が始まった。
 人類愛を叫ぶ力強い混声四部の第四楽章の合唱は、シラーの作詞「歓喜に寄せて」に基づく。ドイツ語である。初心者の私はまず個人レッスンを受け、ときどき練習会に参加した。パート別のCDも繰り返し聴いた。年末にあちこちで演奏されるので、オーケストラと協演できるよい機会だが、こんなに難しいとは思わなかった。
 本番当日の午後、会場の東京国際フォーラム・ホールAで東京フィルハーモニー交響楽団とのリハーサルがあった。四人のソリストも、舞台で歌う宇都宮第九合唱団とスター混声合唱団も参加した。二時間弱、西本さんの指導が精力的に行われた。夕食後の本番で、一瞬静まるサプライズがあった。山田邦子さんが独唱のドレス姿で現れ、オペラ・アリア(ジャンニ・スキッキ)を歌ったのである。邦子さんはスター合唱団の団長で、主催者が仕組んだ余興だった。
 指揮台に立った西本さんが、舞台両側のパネルに映し出される。第四楽章で座席側の四千人は、このパネルで指揮者を見て合唱する。西本さんがかっこいい指揮をしながら、クライマックスで口を大きく開いて歌う、感動的なシーンが見られた。演奏が終わり、舞台に近い鑑賞者千人を含めた、五千人の拍手が会場を埋めた。
 デザイナーのコシノ・ジュンコさんもスター合唱団で歌っていた。ソプラノからアルトに転じたらしい。次はテノール?と西本さんに冷やかされた。西本さんの魅力はこんなところにも表れている。  今年も十二月十八日に、同じ企画がある。要領がわかったので、もっと上手く歌えるよう練習して、元気になろう。

(一二・一・一二)

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