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「800字文学館」

年齢確認

濱田 優(ゆたか)

 60歳を迎えて得をした覚えはほとんどないけれど、通常1800円の映画を常時1000円で観られる割引は魅力的だった。
 はじめてそのシニア割引を利用したとき、私は年より十くらい若く見られる(と思っていた)ので、疑われるのではないか、とびくついた。窓口の女性はクールな美人。恐る恐る「シニア1枚」といって1000円札を差し出す。
 「60になったなんてウソでしょう? 年齢を証明できるものを見せて」と、訊かれると思ったら、すぐチケットを渡してくれた。免許証を持たない私は、健康保険証だけでなく、パスポートもポケットに入れていつでも出せるように構えていたのに拍子抜けした。で、証明書はいらないの、と聞こうとしたら、
 「次の方、どうぞ」彼女は後に並んでいる人を促す。私は相手にされず僻んだ。

 それから十余年、近ごろは記憶力の衰えに加え、電子機器を使いこなせなくなり、自分でも年を感じることが多くなった。

 そんな私が最近、「あなたは二十歳過ぎですか」とまともに訊かれたのである。
 とあるコンビニでビールいや第三のビールを一缶買ったとき、レジで支払いをしようとすると、年齢確認のため液晶画面の「二十歳以上」と書かれている部分を自分で押すようにと求められた。
 「えっ、ぼくが二十歳以下に見えるの?」と思わず口にしたが、アルバイトの店員はロボットみたいに無表情で無反応。物好きな私は、レジからちょっと離れたところに立って、他の客の年齢確認作業を見守った。
 と、普通のおじさんも、アラフォーの姐さんも、そして未成年と思われる男の子にも同じ操作を求め、画面をタッチすれば酒類を売ってくれる。
 対面販売をしながら、機械的に七十の爺さんにも未成年らしい若者にも「二十歳以上」の自己申告をさせる対応に違和感を覚えながら店を出た。そして、家に戻る途中、客の自己責任を口実に、店員が確認の手を抜くそのシステムの無責任さに思い至って背筋が寒くなった。

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