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「800字文学館」

尻固めの餅

志村 良知

 故郷の村では昭和四十年代まで家の後継ぎの結婚式は、式から披露宴さらに翌朝の「尻固めの餅」まで婚姻の当家で行われていた。

 朝から戸障子が開け放たれた当家には、一張羅を着た親戚と、まきと呼ばれる縁戚関係者、向う三軒両隣などが集まってくる。馬降りの家で支度を整えた花嫁が、仲人夫人に連れられお披露目かたがた歩いて当家に着くと仲人が仕切って儀式が始まる。近所の男の子と女の子が着飾って雄蝶雌蝶となり三々九度の盃を進行させる。地元の風習で、結婚した事により一人前の男女として村での様々な行事参加の際の後見人になってもらう親分を立てるが、親分夫妻は仲人夫妻の両脇に控える。儀式に続いて夜にまで及ぶ披露宴となり、新郎新婦はお色直し後お開きまでしっかりとホスト・ホステスを勤める。

 そして翌朝、新郎新婦の初夜の夢を破るのは庭先に集まったまきの女衆である。女衆は早朝から竈に火を熾して湯を沸かし、「尻固めの餅」の餅搗きの準備を整えている。まきの男衆や子供も遠巻きに囲む。それは「新郎新婦による(人前での)初めての共同作業」であるが、ウェディングケーキ入刀などという生易しいものではなく、二人が呼吸を合わせての力と技の重労働である。
 新郎の腰がふらついたり、二人が戸惑ったりすると、昨夜の首尾について一斉に黄色いどころか極彩色の野次が飛ぶ。見かねた親分夫人が新婦に合の手の要領を手に手を取って教えると、今度はそれで「ああだ、こうだ」と観衆が沸く。何十人もからの手拍子や、掛け声に励まされて何臼かの餅を搗き、疲労困憊の新郎の顔の汗を周りに促された新婦が拭いてあげると大喝采が沸く。大騒ぎをして搗かれた餅は、黄な粉餅や餡ころ餅にして集まった人々に振舞われる。

 それは、かなり猥雑な子孫繁栄を願う儀式であるが、新婦の婚家と村での地位を一朝にして確保させ、まきの女衆の一員に迎える「尻固め」の文字の通りの合理的かつ重要な儀式でもあった。

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