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「800字文学館」

旅日記 ―世界で最も狭い海峡―

野瀬 隆平

 バスはその橋をあっという間に渡り終えてしまった。橋の名は「永代橋」。といっても、東京の隅田川に架かる橋ではない。橋の下は海で、幅10mにも満たない狭い海峡である。

 ここは小豆島だ。岡山からフェリーでおよそ1時間。島が近づくにつれて、想像していたよりも山が高いのに驚く。あとで尋ねてみると、一番高い山は星ヶ城山で、817mもあるという。小豆島の本島から海峡を隔てて西側にある前島の土庄(とのしょう)港に船は着いた。
 土庄と本島の渕崎地区に挟まれているのがこの海峡で、両方の地名の頭文字をとって土渕(どふち)海峡と呼ばれている。長さは2,500mもあるが、幅は一番狭いところではたった9.93mしかない。
 海が狭くなっている所は他にもあるだろうが、ギネスではある程度の大きさの船が航行できる海峡で最も狭いものを、「最狭の海峡」と認定している。小豆島の南と北を行き来する漁船やレジャー・ボートが実際に航行しているので土渕海峡は、この定義に合致する。土庄町は1996年に、この海峡こそ最も狭い海峡であると、色々な資料を添えてギネスに申請した。
 その結果、それまで最狭とされていた幅40mのギリシャにあるハルキス海峡に代わって、1997年版のギネス・ブックから、この海峡が世界最狭と記載されるようになった。町で配られている案内書をよく見ると、海峡のすぐ近くにある町役場に行って100円払えば、海峡を横断したという証明書がもらえるとある。
 橋の上から運河のような海峡を眺める。晴れ渡った秋の空が水面に映って青く輝き、かすかな潮の香りが鼻腔をくすぐる。気になったのは、海峡を跨ぐように、何本ものパイプ状の鉄のアーチが架けられていることだ。どうしてこのような構造物を作ったのだろうか。町が観光資源として、目立つようにしたい気持ちは分かるが、周りの風景にふさわしくない。まさか、この海峡の幅が広がらないように、島と島をつなぎとめようと、鉄のタガをはめている訳ではなかろうが……。

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