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「800字文学館」

甦れ、稲作

稲宮 健一

 TPP参加の是非を問う議論がかしましく、一次産業である農業、林業の世界市場からの孤立が俎上に乗った。農業にあっては、米の価格が世界市場から極端に乖離しているため、市場開放すると稲作が成り立たなくなると、開放阻止が叫ばれている。
 卑近な例であるが、散歩道にある舞岡公園内の小さな営農地で稲作と野菜の農作業を垣間見ることができる。ここでは畑作である芋、人参、ネギなどは人手がかかるが、稲作は田植えから刈り入れまで、機械化が進み殆ど人手がいらない。

 他の産業同様に、稲作は機械化が進んでいるのである。然るに、なぜ高コスト体質なのか。他の産業も、高度成長期以前は製造ラインに多数の人が並んで手作業で生産活動を行っていた。しかし、この人手の作業を自動化する際、産業界ではまず、現作業の作業分析、コスト分析を行い、自動化に適した生産の基盤である製造ラインを逐次構築していった。常にコストを横眼で眺めながら、国際市場で通用する製品を生み出すための生産性の向上を図った。
 一方、農業では自動化の基盤整備は横に置いて、従来、人が行う作業を単に機械に置き換えた。結果として、各農家が一斉に行う農作業に合わせて、多数の小型機械が投入された。投資を抑制するため、効率的に機械を使う仕組とか、機械化に適する農地への変更など全く考慮されなかった。結果として、多くの兼業農家を育てた。
 産業界では世界市場で売れる製造原価に合わせて全ての生産活動が形作られた。稲作では、農業団体の圧力で勝ち取った生産者米価に合わせて、稲作作業が形作られた。産業界と稲作では目標とする原点が違っていた。

 今回、有識者から基本的な改善点が多く述べられている。いずれも、農地の所有形態や農地の変更、専業の担い手の育成など、根本からの変革である。
 現在の関税の低減は至難の業であるが、今回の自由化の流れを契機に、若い世代が喜んで担える普通の産業に変革して行って欲しい。

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