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「800字文学館」

瀬戸内海の小島

大月 和彦

 もう40年も前になる。香川県に勤務していた頃、休日を利用して瀬戸内海に浮かぶ島々をめぐり歩いた。まだ瀬戸大橋ができる前の事こと。小柳ルミ子の唄う「瀬戸の花嫁」が流行っていたころである。
 フェリーのようなずんぐり型でなく、白塗りのスマートな小さな客船が島と島の間を行き来していた。

 瀬戸内海のほぼ真ん中、備讃瀬戸に浮かぶ島の多くは香川県に属している。瀬戸大橋の西側に点在する塩飽(しわく)諸島は、中世以来水軍の根拠地として栄え、独特の歴史を持っている。
 ひっそりした防波堤で釣り糸を垂らした岩黒(いぐろ)島。今は瀬戸大橋の巨大な橋脚が出来てしまった。塩飽諸島の中心で、秀吉から自治権を与えられた本島(ほんじま)は、人名(にんみょう)制度が江戸時代まで続き、塩飽勤番所や当時の蔵、路地など残されている。一昨年海上保安庁のヘリ墜落事故があった高見島の段々畑には除虫菊の白い花が咲き乱れていた。

 塩飽の島で最も小さい小手(おて)島は、丸亀から日に一便の連絡船で一時間半、周囲四㎞の離島。ここの中学校へ職業指導にいく地元職安の担当者に同行して訪ねた。小、中学校は島の高台にある。狭い校庭なので野球やテニスはできない。バレーボールが強く、県の大会で優勝したことがあるという。
 全校の生徒は21人、三年生9人のうち就職希望は5人。
 夕方、生徒と保護者に宿直室にきてもらい、担任の先生を交えて相談が始まる。バレー選手の男生徒は、タイル職人の兄と同じ道を歩みたいという。母親は島から離したくないが、本人の希望をかなえてやりたい。
 漁師の父親と来た男生徒は先輩のいる大阪で左官の仕事を希望する。父親は、夏まで漁の手伝いをさせた後にしたい意向だが、卒業後すぐの就職を勧める。
 両親が漁に出ているので一人で来た女生徒。おとなしく無口だが汗を拭きながら一生懸命に考えて答える。半年ぐらい家の手伝いをしてから就職したい考え。

 あの時の子どもたちはもう還暦に近い。どのような人生を送っているのだろうか。

(11・12・22)

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