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「800字文学館」

彼女を高く飛ばせ

志村 良知

 大学のクラシック・ギターのサークルで一年先輩だったエイコさんは、国文学専攻の小柄な可愛い女の子であった。
 我々が一年生の時の夏合宿は赤城山。地元出身の彼女は、麦藁帽子に白いワンピース姿でギターケースを下げ、高崎駅のホームに立っていた。その可憐な姿に列車の一年坊主は歓声をあげた。法経学部に入学した仲間の一人は、エイコさんから息がかかるような距離で「あなた、ほうけい?」と聞かれ、何故判ったのか、これからどうされるのかと直立不動になったと告白した。

 翌年、学園紛争余波の方針論争から退部者が相次ぎ、上級生男子が手薄になった。その事態の中で一番の花である演奏会委員長を「私がやる」と上州女らしい侠気を出したのがエイコさんだった。委員長は年間全ての演奏会に関するマネジメントが任で、対外交渉と内部調整が続く重職である。最後を飾る毎年十二月の定期演奏会では、終演後部長をさしおいて花束を渡され、全員に胴上げされるのが恒例であった。
 歴代初の女性演奏会委員長エイコさんは女王に変貌、三名の男子委員を配下に一年間サークルに君臨した。学祭では詩の朗読とギターソロの競演という初の試みを、自らプロデュースと朗読者の訓練をして成功させた。

 迎えた定期演奏会当日、紺のベルベットのミニワンピースで現れたエイコさんを見て我々は二重に息を呑んだ。あれを舞台で天井まで放り上げたら壮観だろう。感動と期待で演奏も盛り上がった。
 そして終演。花束を受け取るエイコさんは周囲をOGの怖いお姉さま達にガードされていた。その後の打ち上げ会場でも終始ガードは解けず、全く隙を見せず、指一本触れる事ができなかった。後で聞くと、その日彼女は迂闊にも胴上げの事は忘れて精一杯おしゃれをして来た会場でとんでもない空気を察知。しかし慌てず騒がず何食わぬ顔で演奏会を仕切り、終演後すぐOG連に保護を求めたのだという。
 さすがはエイコさん、我々は口惜しがるしかなかった。

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