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「800字文学館」

「バルビゾン紀行」

大泉 潤

 今年、機会を得てフランス旅行をした。パリの高層ホテルの窓からエッフェル塔、凱旋門、アンヴァリッド、ブローニュの森を望むとパリの広さ、美しさをあらためて確かめた。
 1900年に宮殿をイメージして鉄道駅が建設され、そこは1986年にオルセー美術館となった。夏休みとあって世界中から溢れるように人々が集まっている。ルノアール、ドガ、ルソー、ゴッホ、ボナールの絵画、ロダンの彫刻を間近に鑑賞できる。そぞろ歩きでじっくりと、静謐で巨大な空間にゆったり展示されている絵画は、生命を持っているように見える。我が人生でこのような貴重な作品を心ゆくまで時を惜しまず鑑賞できる幸せを感じる。
 ちょうど昼食の時間となり、予約した2階のレストランに行く。宮殿の高い天井画、シャンデリア、金の壁飾りに囲まれた落ち着いた大部屋で、メニューはポールボキューズに匹敵する豪華さだ。前回の旅行で機会を逸した帆立て貝を、連れの二人は鱈を注文する。パリは魚介料理も豊富である。
 翌日は印象派の画家が多く住んだバルビゾンへバス旅行だ。ベンツのバスでパリの郊外にさしかかると、空中に飛行機雲が迷彩のように現れる。ここは欧州の航空路の大交差点と想像する。またのどかで緑豊かな平原に建つ原子力発電所が勢いよく蒸気を吹き上げている。原子力産業の隆盛を願うフランスの姿勢を見る思いがした。
 田園地帯を過ぎて落ち着いた地域に入る。石の壁が続く石畳の道路は人通りも少なく、静謐な住宅街である。三角屋根の二階建ては緑に囲まれ、葡萄の蔓が壁を這い実がたわわに生っている。白壁のレストランを覗くとサロンヒロヒトと名が付いている。昭和天皇がお食事をされたそうである。
 小さな村はどのアングルも絵になる美しさだ。商業施設はほとんどなく、小さな土産物店で一人のおじさんが絵葉書、絵のレプリカを売っている。野菜や果物を商っている店も1軒あった。ミレーの絵の風景の中で今も静かに暮らすバルビソンの人たちは、自分たちのだけの時間を生きているようだ。

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