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「800字文学館」

長崎のハタ合戦

池田 隆

 長崎で「ハタ」というと、尾ひれのないダイヤ型の凧を指す。幾何学的な多種類の文様があり、船舶の信号旗と似ているので「ハタ」と呼んだ。出島で異国人が揚げているのを見て、江戸初期から市民に広まった。以前には春になると、市中の随所でハタが揚がっていた。
 しかし、急な斜面が四方から迫っている長崎の市街地には、開けた広場が少ない。私は学校から帰ると、まず家の瓦屋根に登り、自作のハタを揚げていた。風を見計らい、紙飛行機を飛ばす要領でハタを空中に投げ出す。風に乗り、天高くハタが揚がると実に爽快であった。

 毎週、休日になると周辺の山々で次々とハタ揚げ大会が催された。其処には子供も大人も大勢が集まり、青空一杯に無数のハタが舞う。やがて時も相手も選ばず、各所でハタ合戦が始まる。ヨマとよぶ麻の揚げ糸を互いに擦らせ、相手の糸を切った方が勝ちとなる。切られて落ちたハタは拾った者の所有となる。
 ハタの切り合い合戦では、ヨマにガラス粉を付着させたビードロと呼ぶ揚げ糸が威力を発揮する。また、切り合い合戦が始まると、負けたハタを絡め取ろうと、フック付きの針金糸のハタが両者の下方に集まってくる。

 揚げ糸を手繰ってはハタの仰角を高め、風を受けると糸を緩めていくという基本的な凧揚げ技術だけでは、ハタ合戦に勝つことは難しい。ハタを左右へ任意に動かし、落下上昇を急速に行うテクニックも必要になる。切り合いになると繰り出す糸の速さが勝負を決める。そこでは手さばきの早さだけではなく、予め風を読んでおき、如何にして有利な位置にハタを揚げておくかがポイントとなる。
 少年期の私は普段から、かかるハタ揚げの技能訓練や、性能の良いハタの工作に勤しんでいた。楽しかった当時を思い起こしていると、そのコツは財政金融や企業経営の世界でも共通するような気がしてきた。
 ハタ揚げやハタ作りを松下政経塾などでも指導者教育の実習科目として採用したら如何だろう。

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