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「800字文学館」

『ハウス・オブ・ヤマナカ』

大越 浩平

 20数年前、ある画家のパーティで一人の女性を紹介された。美術論や音楽論を交わし、酒の勢いもあり大いに盛り上がった。彼女の意見、思考回路は実にユニークで正鵠を射ていた。非常に楽しい時を過ごし高揚した。酔眼で観る彼女はすこぶる美人で美声であった。パーティは終了したが興奮冷めやらず、彼女を誘い数名で表参道のディスコへ繰り出し踊り狂った。
 程なく彼女はニューヨークへ移住し、5~6年後の2〇〇〇年、美術評論家や愛好家を驚嘆させる本を上梓する。
 欧米での美術品盗難の実態や美術品の裏売買、裏コレクターの存在が、スリラー以上の迫力で書かれている。それは1990年3月18日、レンブラントの「ガリラヤの海の嵐」、フェルメールの「合奏」が盗まれたところから始まる。
 本の名前は「盗まれたフェルメール」、作者は朽木ゆり子氏、あの彼女であった。
 2011年、朽木氏は驚きの著作を再び出版した。『ハウス・オブ・ヤマナカ』、サブタイトル「東洋の至宝を欧米に売った美術商」だ。朽木氏は10年の歳月を費やし、美術商、美術館、親族、関係者やアーカイブから丹念に情報を収集し、山中商会、山中定次郎達の商いを明らかにした。欧米に収蔵されている日本や中国の国宝級美術品は山中商会を抜きには考えられない大きな活動が記述されている。
 日本では、国内の美術品が海外へ販売されると「美術品の流失」という、ややネガティブな意識で見られている。しかし、美術品は高度な鑑賞眼を持ったコレクターや美術商に評価され、売買され、世界中を駆け巡るほど、作品の真価が発揮されると朽木氏は考えている。
 今回の著作は戦前、欧米に東洋美術を紹介し、美術愛好家を驚嘆させ、「美術をもって国富を増進する」という、どでかいスケールの日本人、東洋美術の真髄を世界に広めた山中氏らの物語を見事に発掘した。
 膨大な情報を丹念に汲み上げ、学術書のようでもあるが中身が濃く、じっくり秋の夜長を楽しむには格好の書である。

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