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「800字文学館」

「私は仔猫」

大泉 潤

 気が付いたら芝生の上で母の乳房に吸いついていた。春の太陽が明るく輝き、渡る風が心地よい。庭の樹種は楠、山桃、薔薇、木瓜、梅など様々である。脈絡がないところは、主の性格が現れている。御自慢は垣根のべにかなめと金木犀のようだ。垣根から溢れだすような真っ赤な葉が春を告げ、秋には道のかどまで芳香が漂う。またものぐさで、如露、箒、塵取り、バケツ、使い古した植木鉢が軒の下に統一性がなく置かれている。時々遠くまで、木の剪定と草刈りに出かけているが、それも良いけれど、庭もよろしくと奥さんに頼まれている。
 私はソックスと名付けられた。兄弟は足袋、とわらじである。父はトメ、母はあやめ、祖母はきらら、曾祖母はあられ、叔母は小雪、その先代は冬子と呼ばれていたそうだ。母の双子の兄はたどん。真っ黒だったが、縁起が良いと貰われていったらしい。祖母兄弟は冬の寒い時に生まれた。庭も満員だし、ニャンゲル係数が高くそろそろ打ち止めにしてほしいとの願いから、父はトメと名付けられた。胸の部分が真っ白で燕尾服にハイカラーシャツをあしらっているようで、又姿勢がすこぶる良い。いつも真っ直ぐ前を見ている。そして真っ白な靴下をはいている。我々兄弟の二人は足が白いので、ソックスと足袋、白くない末弟はわらじとなった。
 楽しみは食事で、日曜特売の配合栄養カリカリ猫食と牛乳だ。主が、食事を持って硝子戸越しに現れると、思わず揃って伸びあがり、大歓声を上げる。祖母だけは、目をしょぼしょぼさせて、皆の食事が済むのを待っている。しつけが厳しく、先に口を出したり、兄弟で争うと、頭を押さえられる。
 奥さんは遠方勤務で、単身赴任することになり、留守を主が守っている。庭とわが家族の面倒が役目だが、ものぐさで時々庭の水撒きと我々の食事をスキップする。水撒きのない朝顔はしおれるので直ぐ分かってしまい、奥さんに小言を言われている。庭には明治時代の文豪のように、ビールを飲んで落ちるような深い水甕は無い。ジャングルのような猫の額の庭にもう少し暮らしたい。

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