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「800字文学館」 仕事がらみ

「ただいま、エンジンを休めています」

都甲 昌利

 1960年のジェット機導入まで、日航は東京―ホノルルーサンフランシスコ線にプロペラ機ダグラスDC6B型を使っていたが、向かい風の強い時などホノルルまで無着陸では飛べず、ウエーキ島で給油をしていた。DC6B型機は700機余り生産され、安定性抜群で米国大統領専用機としても使われていた。しかし、欠点は航続距離が短いことであった。DC6B型機の後継機として開発されたのが、最後のプロペラ機といわれたダグラスDC7C型機だ。航続距離を伸ばすためにはエンジンの改良が必要であった。DC7C型機に搭載されたエンジンは、一度後方に排出されたガスを再び前方に戻し再び推力として利用するという、当時のテクノロジーを駆使したもので、東京―ホノルル間を難なく無着陸で飛べた。
 欠点としては、複雑な機構だったため整備員泣かせで、エンジントラブルがよく発生した。たまには飛行中に起こることがあった。

 羽田からホノルルに向かって飛行していた時、エンジンのひとつにトラブルが起きて機長はエンジンを止めた。乗客60人ほどが乗っていたが、その中にカリフォルニアへ農業視察に行く農家の人達が乗っていた。飛行機に乗るのは皆始めての人たちだ。窓側に座っていた一人が叫んだ。
 「あっ、プロペラが止まっている。大変だ」
 「落ちるんじゃないか?」皆不安になった。
 スチュワーデスを呼んで指差した。彼女は慌てることなく
 「ご安心下さい。あれは、ただいまエンジンを休ませているところです。この飛行機のエンジンは四つ付いていますから」
 「・・・」
 素朴な農家の人達は納得したようだった。この話は当時、乗務していたスチュワーデスから直接聞いた話である。人を信じゆったりとした空の旅だった。

 DC7C型機はやがてスピードが2倍になったDC8型ジェット機にとって代えられた。ジェット・エンジンは故障が殆どない。エンジンが止まってもわからない。

 鉄道ファンが蒸気機関車を懐かしむように、プロペラ機に愛着を持つ航空ファンも多い。

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