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「800字文学館」 体験記・紀行文

我ら相寄り村を成す――震災の村から

大月 和彦

 東日本大地震の翌日、3月12日早朝に長野県北部に大きな地震があった。震度6強が2時間に3回続いたという。
 東日本の被害を放送していたラジオが速報でこの地震を伝えた。まもなく長野県栄村役場と中継がつながり、ドーンと突き上げるような強い揺れがあり役場の駐車場はめちゃめちゃだとの宿直職員の話を報じた。
 信州の北端、千曲川沿いに広がる人口2400人の小さな村。有数の豪雪地で、村内にある森宮野原駅には「日本最高積雪地点 7・85m」の標柱がある。
 死者はなかったものの家屋の被害は668世帯、2千人余が避難した。道路や鉄道が寸断され村は一時孤立した。

 郷6月初旬に被災地に行ってみた。飯山線のワンマンカーを県境二つ手前の横倉駅で下車する。壊れた駅舎はすでに撤去され、簡易トイレがあるだけ。駅前の酒店は倒れたまま、倉庫はぺちゃんこになっている。道路はいたるところに亀裂が走り、段差が出来ている。民家の多くは傾き、屋根が破損し、窓やサッシュが壊れて内部がむき出している。
 被害が最も大きい青倉という集落に入る。建物に大きな傷跡。赤や青のトタンで覆われた茅葺の古い民家は傾き、壁がくずれ、何本もの丸太で支えている。ほとんどの家屋が危険と判定され、住民の立ち入りも禁止され、異様な光景が広がっている。
 復旧作業は道路から始められているらしく、住宅の修復や撤去には手が回っていない。富山や長岡ナンバーの建設車両が動いている。

 災害対策本部のある村役場は活気にあふれていた。
 ロビーに張られた壁新聞は、頻発する余震、避難指示、救援物資など発生直後からの情報を伝えている。各地から寄せられた激励のメッセージや千羽鶴などが溢れ、ハローワークの求人情報も置いてあった。

 壊れかけた民家の壁に「我ら相寄り村を成す」と大書した張り紙。村民歌の一節という。絆をばねに復興を、という村人の意気があった。(11・7・13)

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