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「800字文学館」 芸術・芸能・音楽

映画「阿弥陀堂だより」残影

大月 和彦

 10年ぐらい前に公開された南木佳士原作、小泉尭史監督の映画「阿弥陀堂だより」は、四季を通じて自然の美しさが描かれた作品として人気があったように思う。
 東京の生活と仕事に疲れて故郷に移り住んだ熟年夫婦(寺尾聡、樋口加奈子)が、村はずれにある阿弥陀堂で暮らす老婆(北林谷栄)に出会い、交流するうちに生きる喜びを取り戻す姿を描く。
 舞台は信州北部の飯山市。撮影は一年を通じて行われた。四季それぞれの風景や風物詩、祭りなど年中行事を心のふるさととして描いている。
 過疎化と高齢化に悩む地元では、村おこしのチャンスと映画の製作に協力した。ロケにはスキー場の民宿を提供し、祭りなどの行事を特別に行い、地元の人達が大勢出演した。
 阿弥陀堂があるのは、江戸初期に拓かれた山里の小さな集落。傾斜地に石垣を積み上げて作りあげた水田は農水省の棚田百選に選ばれている。田植の済んだ初夏、黄金の波打つ秋、雪に覆われた田の畔、西方に見える妙高山のピラミッドなどは見飽きない。
 阿弥陀堂の里にされてしまったが全くのフィクション。ポスターになった阿弥陀堂は急ごしらえのオープンセットだし、ここに暮す老婆や念仏の集まり、盆の行事も地元に伝わるのとは全く無縁の作りものだった。
 公開後ここを訪れる人が多くなり、地元では案内板を立て、駐車場を作り、パンフを用意して受け入れた。休日には手打ちそばと山菜の売店を出したりした。一方、車の誘導やガイドの余計な仕事が増え、トイレやごみ捨てなどでお客さんとのトラブルも起こる。
 出費ばかり多く、地元に落ちるのは、ごみと排気ガスと騒音ぐらい。経済的には全く合わないと嘆くが、多くの人が訪ねてきたことで人との触れ合いができ、活気が生まれた、と心やさしい村の人たちは喜んでいるようだ。
 連休の後、阿弥陀堂の里へ行ってみた。菜の花が咲き乱れる集落には人通りがなく壊れかけた茅葺きの家が痛々しい。セットの傷みも進み、華やかな舞台の落迫ぶりが目立った。

(11・6・9)

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