作品の閲覧

「800字文学館」 芸術・芸能・音楽

安宅コレクション

古川 さちお

 私はその昔安宅産業株式会社という総合商社に勤めていた。明治三十七年創業から昭和五十一年伊藤忠商事に吸収合併されるまで、延々七十年以上続き、堅実にして関西系の名門といわれた会社である。
 会社は挫折・消滅したけれども、中国・朝鮮陶磁器の名品を揃える安宅コレクションは、大阪市に寄贈され、大阪中ノ島公園の一角にある東洋陶磁美術館の主展示品として健在だ。

 このコレクションは、安宅の創業者安宅弥吉翁の長男英一氏が会社の金を湯水のように使って、長年の間に収集した名品揃いである。
 安宅英一氏は戦後会社の人事権を一手にして人に譲らず、社内では会社を私物化していると言われていた。自分の子息、縁者たちを縁故入社させて「ファミリー」と陰口を叩かれる非公式集団を持っていた。
 役員時代を除き、取締役でもない英一氏の持ち株は一パーセントにも満たないので、一般の人は同氏が会社を私物化しているなどとは思わなかったのであろう。人事権を一手にしていることも一般には分からない。

 社内事情にうとい新入社員時代、私は「ファミリー」筋から本業に無関係なフランス語翻訳などを頼まれて困った。ほかにも「ファミリー」筋の強引な頼みごとが来るたびに逃げ回った。
 結果、人事面で差別され同期生に遅れをとることが多かったのに、お人好しの本人がその原因に気付いたのは数年後だった。
 商社マンの花形といわれる海外駐在だけは、身に着けたフランス語があるので、人より先にまわってきた。よって差別は受けてないと思っていたら、そこでも種々意地悪な差別をされていることを知る。

 過日NHKの番組・日曜美術館で安宅コレクションを観た。確かに安宅英一氏と「ファミリー」たちがやった収集は、金に糸目をつけなかったので成功した。が、会社の業績には資するどころか、財務面で大きな損失を与えたのである。その他「ファミリー」連中が手をつけて失敗した多くの金食い事業もある。
 日曜美術館で褒めたたえられていた安宅英一氏は、安宅倒産最大の原因を作った人物であることは「知る人ぞ知る」だ。

[了]

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧