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「800字文学館」 日常生活雑感

東夷と呼ばせない

富岡 喜久雄

 未曾有としか言いようのない大津波の凄惨な被害を映像が見せてくれた。東京在住の身には直接の被害は及ばなかったが、やはり影響はある。即ち、我が家人の故郷は福島県の「中通り」で原発から四、五十キロ圏内。だから翌日の見舞い電話での確認では「かなりの揺れだったなし」だった。予定していた義姪の結婚式は無期延期となり、近しい身内は原発事故にからんで経済的損害をこうむった。言い出せばあれこれ苦情の種はきりがない。だが、こんな大災害も「禍福は糾える縄の如し」と言うから福を探せばある筈だ。

 まずは、今回の津波が大きく全てを破壊流失させたから中途半端なごまかし程度の再建ではない新たな創造的創建をすべき条件を作り出したこと。さらに今まで平和ボケに飽食メタボだった日本が「お蔭できりっと締まった」こと。ともあれ老若男女が刮目したのは事実だ。しつこすぎるCMに替わりACなる教育調の詩と映像は流れ、サッカ-選手は「日本は一つ、強い国」と叫ぶ。全国からの義捐金は一千億を超えたと言うし、「ともだち作戦」も発動した。世界からは東北の人々の我慢強さと謙虚な誠実さに驚嘆の声が上がっている。政界も揚げ足取りの政争から政策論議に移らざるを得ず、「政治主導」の看板も、実務家重視に書きかえざるを得ないから、官僚もやる気を出してと、誰しもが緩んだベルトを締めなおす気分になったのは事実だろう。何より古来夷狄といわれ、明治維新より国家投資が少なかった東北地方を、未来志向の理想郷に作り直そうとの声が挙がったのは、将に天災を奇貨とする好機である。危機にこそ隠れた英雄が現れるという。体を張ってこれを実現する人材の出現を期待したい。
 そこで、自戒を込め、いつもは控えめで静かな東北人に次の言葉を送りたい。

平時には慎み深く穏やかだが、危機の響きが聞こえるときは
腱を引き締め、血を沸き立たせ、温和な本性を決死の
形相に隠し、山おも動かす東夷の意気を見せよ
(シェ-クスピア・ヘンリ-五世・田島聖子訳を援用)

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