作品の閲覧

「800字文学館」 政治・経済・社会

中空構造の日本

稲宮 健一

 日本社会は中空構造であると河合隼雄は述べている。その主張によれば、八百万の神の国は中心に大きな力を持つ者がおらず、複数の者の絶妙なバランスの上に成り立っている。このバランスに影響を及ぼさない事柄には良く応答するが、変化の激しい事柄には、合意形成がままならず無能と思える応答をする。
 今回の福島原発での東京電力は後者に属する。本来地震で緊急停止した原子炉は、直ちに冷却すべきが、非常用電源が津波で被災して作動しなかったため、初期活動ができず、戸惑っている間にこの事態を招いた。
 通常と異なる冷却の応用動作は、中心となる強力なリーダの下あらゆる選択肢を使って実行されるべきであった。いま進行中の事故に、今さらあの時こうしておけば良かったと言っても無意味だが、やはり言わずばなるまい。
 かつて三陸大津波に襲われた村に、ここより下に家を建てるなと石碑が建てられていて、それを守って今回の津波の被災を免れた所があった。
 この掟の通り、免震構造を持つ非常用電源一式を津波と関係のない高台に設置しておけばこの災害は防げた。非常用電源を原子炉のそばに置く必要は無い。電線が接続されていれば働く。建設費は高くなるが、それが微々たる投資であることは今や明白だ。この石碑がある以上、津波の高さが予想より大きかったので天災という弁解は成り立たない。
 この反省点は、事故発生と同時に現場での応急の判断と行動ができる全権限をもった核がいなかったこと、さらに、もっと前に東京電力、原子力保安院、学識経験者が今を想定して、安全を自分の問題として対策を実行しなかったこと。三すくみの状態に見えた。中空構造を端的に表した船頭多くして、船山に上るである。
 まだ多くの原発が稼働中であるから、電力各社は外部の助言を広く受け入れると同時に、社内に一般の経営ピラミッドから独立した、安全の中心になれる全権限を委譲され、行動できる人とチームを設けるべきである。

河合隼雄:中空構造日本の深層 中公文庫

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧