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「800字文学館」 日常生活雑感

お合忌(おがっき)

志村 良知

 晩秋に古くから縁濃い並び三軒合同で行う先祖供養を、お合忌と呼んでいる。子供の頃、お合忌は正月に次ぐ特別の日だった。

 当日は夕方、お寺に一番近い私の家の庭に集合し揃ってお寺に行く。その日は普段通っている畑中の道は使わず、山門から入るのでぐるっと回って五分はかかる。
 墓では方丈(和尚)さんにお経を上げて頂いている中、庭から切って来た花と線香を供える。女衆(おんなし)は柿の葉の皿に茄子を細かく刻んだ疑似白飯を供える。
 当家に戻ると秋の日は暮れている。子供達を最前列にして一族郎党仏壇の前に正座して方丈さんをお迎えする。方丈さんは何故か玄関から入らず縁側から出入りする。経本が配られ、一同声を和して般若心経と曹洞宗修證義第一章を唱える。方丈さんは朗々たる良い声であった。般若心経の抑揚とブレス位置はこの方丈さんのものが耳に残っていて、違うパターンで聞くと落ち着かない。
 最後は観音経が方丈さんのソロで上げられる。観音様の慈悲を説くと言う力強い響きのお経が朗々と響く。観音経が終わるとお焼香になるが子供は正座で無くても良い、などという特別配慮はないので足が痺れて動けない。厳粛な儀式で騒いだり笑ったりすると怒られるので歯を食いしばって我慢する。
 お焼香が終わると再び声を和して『願わくはこの功徳を以って・・・』の回向文を唱え一連の儀式は終わる。ここでやっと脚を伸ばすことが許される。しかし隣の子と足を突付き合って騒いだりするのは仏様の前なので厳禁である。
 供養する仏様の中には昭和20年4月、陸軍97式戦闘機で宮古島を出撃、慶良間湾で特攻散華した英霊がおり、「とっこたい」の話も恒例であった。

 儀式の後の宴の御馳走は、蒟蒻と干柿の白和え、精進揚げ、芥子茄子、里芋、酢蓮、自家製蒟蒻など。日本酒の他に一升瓶の葡萄酒と湯呑茶碗が並び、子供も甞めさせられたりするのも甲州という土地柄であろう。お合忌の晩は夜更かしも許される。

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