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「800字文学館」 創作作品

トゲ抜き地蔵

浜田 道雄

 花子が「あした、友達と巣鴨に行ってくる」という。
「この間、大学のときの友達と旅行に行ったでしょ。あのとき、巣鴨のトゲ抜き地蔵の話が出てね。『巣鴨が“お婆さんの原宿”って賑わっているけど、どんななんだろうね』って話しているうちに、『私たちも“お婆さん”というに不足はない歳なんだ』って気がついたの。それで、『じゃあ、行ってみようか』ということになったのよ」
「それなら、お地蔵さんからお札を一枚貰ってきてよ」と一太郎は頼んだ。
「そんなもの、どうするの」と花子はいぶかる。
「子供のころ、トゲを刺すとね。おばあさんがお地蔵さんの札で、刺したところをこすって、『抜けるぞ! 抜けるぞ!』ってオマジナイをしてから、トゲを抜いてくれたんだ。だから、トゲ抜きに持っておこうかと思って」
 花子はわかったような、わからないような顔をして出かけていったが、それでも帰りにお札を一枚貰ってきてくれた。

 一太郎はそのお札受け取ると、早速花子の口の周りにこすりつけた。
「なにするのよ! 気持ち悪い」
「いやあー! 仕事をやめて家にいるようになったら、あんたの話っぷりに大分トゲが出てきたから。このお札でこすれば、そのトゲが抜けるんじゃないかと思ってね」
「馬鹿らしい! それなら、自分の口をこすったほうがいいんじゃない? トゲはあなたのほうがよっぽど多いんだから」
 せっかくトゲ抜き地蔵のお札でこすったというのに、花子の口調は相変わらず厳しい。どうもこのお札じゃ、花子のトゲは抜けそうもない。一太郎は黙って、役に立たなかったお札を眺めた。
 花子はさらに続けた。
「それに、あなたに貰ってきたお札は『ボケ封じ』よ。私のは『健脚祈願』を貰ってきたんですからね」

 一太郎はお札を仏壇に納めると、トゲ抜き地蔵のことは忘れることにした。「どうもお地蔵さんは婆さんたちの機嫌取りに忙しくって、トゲ抜きの方は忘れちまったらしいな」とぼやきながら。

〈2011. 1.27〉

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