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「800字文学館」 日常生活雑感

病膏肓(やまいこうこう)に入る(いる)

野上 浩三

 一九七八年にアガサ・クリスティーの逝去が「ミステリーの女王」の死として新聞に報じられた。彼女が亡くなる数年前に一年余りイギリスに滞在した私は、彼女の存在すら知らず、当時すでに三〇年以上も連続上演されていた舞台劇「マウストラップ」も観ていなかった。その悔しさから直ちに彼女の作品を英語で読み始めた。読み始めたら止められず、八〇冊ほどのミステリーを一気に読み終えた。彼女に対する私の傾倒はその時に始まり、今では「病甲膏肓に入る」の諺とおりの状態に陥っている。

 彼女の作品はプロットの確かさ、表現の軽妙さ、単語の豊かさ、イディオムの多さなど、楽しみが尽きることがない。娘にも英語で読ませたくなり、面白くて読みやすい作品を選んで渡したが、「辞書を引くのが面倒」と途中で放棄されてしまった。それではと、その作品だけの単語帳を作って与えたところ一週間ほどで読み終えた。これに味をしめて一二作品まで単語帳を作ったが、娘は受験勉強で忙しく相手にしてくれなかった。

 捨てる神あれば拾う神ありで、一二作品分という数がものを言ってか、クリスティ・ファンクラブがホーム・ページに掲載してくれた。アメリカ人の友人がコンパニオンブックと命名してくれた。そして、遂にはコンパニオンブックを使っての「クリスティーを英語で読む会」を発足させることができた。

 クリスティーの作品の出版部数は聖書やシェイクスピアに匹敵し、古典的な存在になっている。それにしては、コンパニオンブックの編纂中に見つけたお粗末な翻訳本には驚いた。クリスティーの名誉のためにこの翻訳本の改定に挑戦することを思い立った。草津の湯でも治らないと言われるこの病はこれが完成するまでは癒えそうにない。

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