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「800字文学館」 日常生活雑感

灯台下暗し

野上 浩三

 地元の友の会(最近は老人会とは呼ばない)に参加したお蔭で私の日常生活は新しい発見の連続である。「犬も歩けば棒に当たる」をモットーにしている成果でもある。

 味の素の川崎工場を見学した際には「灯台下暗し」の諺とおりの発見をした。

 見学の後提供された昼食を頂きながら、隣り合わせのご婦人と会話が始まった。私は先ず「お住まいはどちらですか」と差し障りの無い質問をしたのだが返ってきた答えに驚いた。私が時々前を通って不思議に思っていたビルの所有者なのである。ビルの表札には東亜留学生育友会という厳めしい名前が書かれ、East Asian Circle of Applied Technology(EACAT)という横文字までついている。ご婦人が訥々と話してくれた事実は更に私を驚かせた。ご婦人の言葉を再現すると次のようになる。

 「主人は技術者で富士重工業を辞めて自分の会社を創りました。成功したところで会社を売却し、その資金で育英資金を提供する財団を設立しました。高校時代に奨学金を貰って大学へ行けた恩返しでした。主人が亡くなった現在も、毎年一〇人ずつ東アジアの国から留学生を受け入れ、これまでの三〇年間に三〇〇人の卒業生を出しました。奨学金は現在は一〇人に毎月七万円、八人ほどに自炊式の個室も提供しています。留学生は大学院生ですが、毎月集まって貰って研究成果と母国のことを発表して貰っています」。

 発表会は私も三度ほど見学させて貰ったが、そこで見聞した光景は括目すべきものであった。日本語の習熟度の高さ、研究テーマの高度さ、ひたむきな研究姿勢、母国や家族に対する高い志し等々。これはまた、敗戦後の荒廃から立ち上がった頃の日本の若者の姿を髣髴させるものでもあった。

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