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「800字文学館」 日常生活雑感

「出来事」 子供、私、劇団員

大越 浩平

 寒くて乾いた空気を吸いながら、夕方の犬の散歩に出かけた。いつもの道を右に曲がる直前、突然子供の大きな叫びが聞こえた。「痛い、痛いー 痛いよ!」。近づくと子供が二人いて、一人が倒れている。見過ごす事も出来ず事情を聞くと、学習塾に行く前に遊ぼうと公園に全力疾走し、角を曲がりきれずに、膝を塀にぶつけたらしい。ぶつけてから二分位だが失神の様子もなく、ぶつけた膝も腫れてこない。救急車を呼ぶ程緊急でないと思っていた。

 通りがかった小柄な若い女性が声をかけてきた。事情を話すと彼女はすぐさま鞄から携帯電話を取り出し、子供に自宅の電話番号を聞いた。子供は母親の携帯番号を教えた。電話すると通じてはいるが出ない。

 もう一人の子供が「振込み詐欺だ、振込み詐欺だ」とからかう。再度かけるが出ない、子供が同じように叫ぶ。今の子供や親は見知らぬ人からの電話には出ないのが普通で、これが今時の危機管理なのかと妙に感心する。

 女性は留守番電話に事情を録音した。痛がる子供を道路に寝かせてもおけず、片足は立てるので肩を抱いて公園に移動した。公園で腰掛けさせると怪我した子供から「どうも有難うございます」と挨拶された。

 驚いた。今時こんな子供がいるとは!聞けば小学三年生だという。しっかりお礼が言えるのは大変良い事だねと褒めた。携帯が鳴る。お母さんは今タクシーに乗っているので、そのまま公園に来るという。

 女性の仕事を聞いた。子供からの話の聞き出し方、言葉遣いが実にスムーズなのだ。すると「劇団 風の子」に所属していると答えた。私は納得すると同時にぶったまげた。その劇団は私の小学校の同級生の兄が一九五〇年に設立した伝統ある児童劇団なのだ。同級生も在籍して活躍していた。そのことを話すと女性も驚いていた。

 話を聞いていた元気な子供は「ワー、知り合いか」とはしゃいでいる。

 タクシーが着いた。

二十三年一月二十六日

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