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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

歌人石上露子(いそのかみつゆこ)を紹介されて

上原 利夫

(一〇・〇五・一三)

 歌人石上露子の研究者である松本和男さん(一橋大学の先輩)から電話がありました。露子(本名、杉山孝子)の次男好彦さんが私の母校大阪府立住吉高校の社会科の教師だったからです。

 私は杉山先生に教わっていませんが、堺市浜寺にあった先生の豪邸(鉄筋コンクリート三階建)の芝生に、山岳部のテントを張らせてもらったことがあります。先生は、その数年後(1956年)にピストル自殺をされました。母上のことなど何も知りませんでした。

 松本和男編著の『石上露子文学アルバム』(2009年私家版)を読むと、露子(1882―1959)は大阪富田林の大地主の跡取り娘で、明治三十六年(1903)に文芸誌の『明星』に登場し、流星のように消えていった美貌の歌人です。松本先輩は十七歳(1947)のとき接した、この歌人の作品に感銘し、退職した六十五歳(1995)から彼女の研究を始め、『評伝 石上露子』(2000)および『論集 石上露子』(2002)を上梓されました。現在執筆中の著作では、三百年に及んだ杉山家の最後第十四代の好彦さんが主役になるようです。異才の持ち主杉山先生を知る人の紹介を頼まれました。そこで、白寿の高校恩師を訪ね、また、同窓生にも当たっています。

 石上露子が育った環境については、露子をモデルにした山崎豊子の『花紋』が、大地主の総領娘の悲しい恋を描く一方で、家制度の縛りを述べています。しかし、松本先輩の研究姿勢は史的事実を追います。杉山孝子さんと結ばれなかった相愛の恋人長田正平さん(こちらも大学先輩)が亡くなったのはパリでなく、バンクーバーだったことを明らかにされたのは、その例です。

 露子没後五十年を記念して、「石上露子を語る集い」の代表宮本正章氏が纏められた『石上露子百歌 解釈と鑑賞』(竹林館2009)が頭脳力とすれば、松本和男さんの研究は事実を証明する脚力と言えます。富田林市所有の旧杉山邸に潜む杉山家と歌人石上露子の真実の姿が見えるようになってきています。

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