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「800字文学館」 体験記・紀行文

旅日記 ―能登半島 ふらっと・さんなみ―

野瀬 隆平

 能登半島へ旅をした。この地方で小さい頃を過ごしたTさんが案内役兼運転手である。途中からもう一人Hさんが加わり三人の旅だ。
 晩秋の日本海。荒波が打ち寄せる寒々とした光景を頭に描いていたが、全く違っていた。まるで早春の伊豆半島をドライブしているようである。それほど天気に恵まれ、海は穏やかだった。
 日本海を眺めながら砂浜に車を走らせたり、懐かしい原風景が残る田園地帯を見て回った。民家の屋根が黒いのが印象的である。信心深い人が多いのか、お寺が沢山ある。その一つが総持寺である。東京に住んでいる者は、総持寺といえば鶴見を先ず思い浮かべるが、本家本元はここだという。
 一泊目は三人で輪島の近くにある町営の宿泊施設に泊まった。モダンな建物で快適。露天風呂から眺めた夕日には感動した。
 観光を終えた二泊目は、半島に残り一人で泊まることにしていた。宿を決める条件の一つは、美味しいものが食べられるかどうかだ。テレビなどで良さそうな宿の紹介があると、メモをとっておく。今回も、以前テレビで放映された能登で評判の民宿、二軒から選んだ。前もって予約の電話を入れる。一軒目は「さんなみ」という民宿。連休中ということもあり、一人での宿泊は断られた。もう一軒に望みを託して電話する。「ふらっと」という宿だ。幸い一人でもOKだった。

 夕暮れ時にたどり着いた宿は、少々みすぼらしく寂れた風情である。ガラスの引き戸を開けて声をかけると、中から立派な体格の西洋人が現れた。白いシェフの服に身を包んでいる。
 二人の友達と別れ一人取り残された時は、少々さびしい気がした。寅さんが旅先で一人わびしく宿に入る気持ちは、こんなものかも知れない。
 さて、夕食は囲炉裏をきった畳の部屋で供された。フルコースのイタリア料理である。新鮮な海の幸を使った料理にはシェフの心意気が感じられた。冷えた白ワインも悪くない。座卓でナイフとフォークを使っていただくのも、また乙なものだ。

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