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「800字文学館」 日常生活雑感

ワインを選ぶ

中村 晃也

 フランスの古都リオンは、ボージョレイワイン地帯の南限に位置し、ローヌ河とソーヌ河の合流点にある美しい町である。 フランスのガストロノミー(胃袋)と称されるように食べ物が美味しく、ポール・ボキュース、リオン・デ・リオンなどの三ツ星レストランがある。もっとも客は日本人かアメリカ人だけでフランス人は敬遠するようだ。価格が高いという理由で……。

 そのリオンで、打ち合わせ相手の三人のフランス人に、遅い昼食に招待された。レストランで、早速ワインの選択に入った。私が「ボージョレイがいいのでは?」といった途端、全員が顔をしかめた。「それでは一番良いと思うワインを教えてよ」と言ったのが大デイベートの始まりだった。

 「せっかくリオンに来てもらったのだから地元のワインにしよう。ソーヌの河沿いで出来るボージョレイは、北にゆくほど品質がよくなるが、更に北のマコンは格段にいいんだ。さわやかで、軽くて、日常飲むには最適だよ」「いやフランスのワインといったらボルドー、わけてもメドックが一番だ。この店にはシャトーマルゴーが置いてあるからそれにしよう。フェミニンの味といわれて繊細で口当たりがいいんだ」「地元なら、リオンの南のローヌ河畔で出来るコートロテイが日本人向きだと思うよ。香り(ブーケ)も良いしこくもある」「中村さんどれがいい?」

 「そんなこと聞かれても。どれも飲んだことがないので判らないよ」との私の返事で三本のワインが食卓に並んだ。それぞれの薀蓄を聴き、試飲と乾杯を繰り返えした。そのうちに、どれがどれだかわからなくなり、気が付いたら全員すっかり出来上がっていた。時間も、はや四時を回っている。

 一人が会社に電話し、そしてこう提案した。「会議の後半は明日に回そう。会議室に鍵をかけるように、秘書に電話したよ。今日は最後にコニャックを飲んで解散だ」

 車で送ってくれる彼に、酔っ払い運転で捕まらないか、と聞いた。「いや、ワイン一本までは大丈夫。この時間はポリスも絶対飲んでいるよ」だって。(完)

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