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「800字文学館」 日常生活雑感

国賓待遇

中村 晃也

 リビエラの中心地ニースに滞在中、ホテルに電話がかかってきた。「もしもし中村さん?明日お待ちしています。車の色は何色ですか?国境まで警備のものをお迎えに出しますから」

 電話の主はモナコ水族館の館長夫人(日本人)である。先代の水族館長のクストー氏は、特殊潜航艇を駆使した深海生物の研究で有名だ。その後を受け継いだドマンジュ博士は海洋生物の権威で、モナコ公国でレニエ大公につぐ地位の人である。中村の大学での同期生(水産専攻)が、ニースに行くなら彼の知り合いのご夫妻に一度会ってみたら、と夫人に電話をしてくれたのだ。

 翌日、どこが国境かも判らないうちにモナコ領内に入った。先週末にモナコグランプリのカーレースがあったばかりで狭い道路沿いの観客席にはブルーシートがかかったままである。レースではなんとかいう有名なレーサーが怪我をしたとか。突然正装をした儀仗警官が運転席に近寄ってきた。「ムッシュー・ナカムラ?先導するので付いてきてください」
 モナコ宮殿は、公国のフランスよりの岬の頂上に位置し、我々は、一般観光客の見守る中を、宮殿前に颯爽と乗り着けた。車の運転を頼んだフランス人の同僚が「中村さん、これは国賓待遇だよ。どうして貴方が……」と驚いている。「こんなことならもっと高級な車を借りればよかった」

 昭和天皇も訪問された水族館の設備は、水圧に耐えるために窓が小さく、決して見易いとはいえなかったが、珍しい種類の魚類が多かった。案内された研究室では、珊瑚の養殖の研究をしていた。将来地球温暖化の問題で、炭酸ガスを吸って成長する珊瑚は、地球の救世主になると博士氏は言っていた。

 屋上のカフェテラスでは軽食しか出なかった。カモメが餌を求めてやってくる。「私のペットを紹介するわ」と夫人が言った。「名前はマックというのよ」一際大きな威風堂々たるマックは他のカモメから一目置かれていると夫人は話していた。ビッグ・マックはマクドナルドだけではないようだ。(完)

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