作品の閲覧

「800字文学館」 体験記・紀行文

黄金の首飾り

中村 晃也

 イギリスの南東部、ドーバー海峡に面してブライトンという町がある。ここはイギリス王室が滞在し競馬を楽しむような避暑地であるが、秋から冬にかけてのオフシーズンは、世界捕鯨会議とかオペックの総会とかに混じって全英の農薬学会が行われる。この時は世界中の農薬会社の首脳が集まり、商談やら情報交換の会が持たれる。
 筆者はこのブライトン会議に八年間連続して出席した。この間この町の評判のよいレストランは卒業したので、パーテイのない夜は退屈した。某所に会員制のカジノがあると聞いてコンセルジュの紹介状を貰って覗いてみた。

 ルーレットとカード卓が各二台と数台のスロットマシーンがあるだけの小暗い賭場の客はみな常連のようだ。買い物籠を持った太ったおばさんの横には、ハンチングの赤ひげのおじさんが一杯やりながら勝負しているといった風情である。パスポートを提示し入会手続きをし、会員証を交付してもらった。

 それからは毎晩カジノに通うことになった。或る晩いつものように五千円分だけ負けて玄関口まで来ると、顔見知りのアメリカ人が二人、受付のクラークと押し問答をしている。会員同伴でないので入場を拒否されているのだ。「中村さん、なんで貴方は入れたの?」と聞かれ得意げに会員証をみせたところ、「頼むからもう一度入ってくれ」といわれた。渋々もう五千円遊ぶことになったが、なんとその時に限ってルーレットで大当たりし、一時間も経たないうちに日本円で三十万円くらい儲かった。

 翌日、繁華街の宝飾店で出された首飾りは金糸を縒ったズシリと重いが艶がない首飾りだった。純度は十四金だという。十八金のものが欲しかったのだが、イギリスでは法律で十四金が最高純度で女王陛下もこの仕様ですとのこと。
 我が家の女王陛下は満足するかどうかわからないがそれを買い求めた。

 帰国後、中村さんは出張先で、ギャンブルで儲け、黄金の首飾りを銀座のホステスにプレゼントしたという噂が業界に飛び交った。(完)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧