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「800字文学館」 日常生活雑感

アナログとデジタルの不思議

稲宮 健一

 もうじきテレビ放送がデジタルに移行する。音声の波形や映像の輪郭など、目で分かる形の電気信号を使うアナログ通信は人間的な通信である。それに比べて、最先端の通信技術を駆使し、音声、画像、データを0と1の組合せの符号列に変換した電気信号を使うデジタル通信は、暗号のようで人間の直感に訴える部分がない。
 この分類に従って、外側から見いくと、人間は姿、形はもとより、全てがアナログ的で、他の生物と歴然と区別が付き、さらに、アナログ的思考よって、古来、人間の文化は民族や地域で固有に創られてきた。しかるに、人間の体の一番内側の細胞に注目すると、その核の中にあり、身体を作り、遺伝を伝えるひも状の染色体を構成するDNAは、デジタル信号に非常に良く似ていることに驚く。
 この点では人間はデジタル的なのだ。通信では相手に伝えたい情報を0と1のみを使った符号に変換するが、DNAでは0と1の代わりに、アデニン、グアニン、シトシン、チミンの四種類の有機化合物を特定な一列の順序に並べ、まるで通信の符号のような染色体が作られ、これが人間の個体の固有な情報源になり、身体、顔形ができる。正にデジタル通信の符号化と酷似している。
 さらに驚くのは、この四種類の要素は全ての生きとし生けるものに共通していることで、何か非常に不思議な気がする。あたかも、生命の根源には、我々の人知を超えた創造主の作為すら感じられる。いくらフラスコを揺すっても、偶然にこのような化合物は合成できない。その根源は、遥か昔に、他の宇宙から飛来してと言う説もある。そして、その根源から全ての生命が分化したと説明される。

 その生命の上に開花した多種の人類文化も根源が皆同じ、親戚関係だと見るのが当然だ。争いの絶えない地上にあって、分化された文化の中に住む我々は、他の文化を親戚と考え、競うだけでなく、共存を常に考えるべきで、大局的に物事を考えられないものだろうか。

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