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「800字文学館」 創作作品

別嬪さん

馬場 真寿美

 涼しげなガラスの器に、来客にそなえて、文子は見事に形の揃った苺を並べていた。
「どんな娘さんやら」不安がひとりでに口に出た。

 目の前の真っ赤な苺と重なって、一人の若い女の顔が文子の脳裏に浮かぶ。息子の修一が、学生時代に初めて家に連れてきた百合子である。華やかで派手な顔立ちの娘であった。文子は今も時折「別嬪さんだったな」と思い起こす。修一もまた将来の婿として、百合子の家に度々招待され、大切にもてなされていたものだ。

 しかし、大学を卒業し、百合子がその美貌を武器に、大手の航空会社の今でいう客室乗務員になると、事態は一変した。百合子の母親が結婚に反対を唱えだしたのである。結婚を阻止しようとする母親と、自分の意志を押し通そうとする娘の葛藤は、文子の家庭をも否応なく巻き込んだ。我が強く、ヒステリックなところは、恐ろしいほどよく似た母娘だった。結局、百合子がスーツケース片手に修一のマンションに転り込んで、すったもんだの末に二人は結婚したのである。

 だが、そんな百合子がフライトから直行するのは修一のもとではなく、娘の好物を作り、帰りを待ちわびる母の待つ実家であった。家事を嫌い、享楽を好む百合子のもとで、新居は汚れ放題に埃が積もり、二人が寝るダブルベッドの上には、百合子がフライト先で買い込んだブランド品が散乱している。修一がそんな結婚生活から逃げ出すまでには、優に一年とかからなかった。
 正直、修一の離婚が確定したときには、文子は心底ほっとしたものである。別嬪さんだけは、もうこりごりだと思った。
 器から、真っ赤な苺を一粒口に放りこんだ文子は、その思いがけない酸味にふるえた。

「ピンポーン」チャイムが鳴った。
 どうやら客が到着したようだ。修一が、再婚する相手の女性を連れてくる予定になっていた。玄関の扉を開けた文子はめまいがした。修一の隣には、見知らぬ別嬪さんが緊張した面持ちで微笑んでいる。

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