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「800字文学館」 体験記・紀行文

鉄路のぜいたく -奥羽本線-

田谷 英浩平

 奥羽本線の福島と米沢の間にある板谷峠(七〇〇m)を越えるために、かつて四駅連続スイッチバックという鉄道ファン垂涎の名所があった。
 福島から米沢に向うと、三つ目の駅「赤岩」からスイッチバックが始まり、「板谷」、「峠」、「大沢」とこれが連続する。福島を発車した鈍行列車は奥羽山脈の勾配に取り付き、やがて駅もホームも無いところに一旦本線から分れて停車する。何故こんなところにと不審に思う頃、列車は後ろ向きに走り出し、いま来た本線を斜めに横切って、「赤岩駅」への線路に進入する。
 鉄道の規則で一定の勾配を越える地点には駅を設けられない。だから本線から分岐した平坦な場所に駅を置くことになる。僅かな客の乗降のあと、列車は今度は前向きに発車し、再び本線上に戻って勾配を上りはじめる。これが二駅続く。板谷峠を越えた先では勾配が下りになるため、次の駅では列車は本線から分れて駅に直接入線する。これまでの二駅とは逆で、まず駅に進入し、その後反対側の分岐線に入り出発するという順序になる。それを二駅繰り返す。鉄道ファンにとって、これが面白くないわけがない。

 電気機関車に牽かれた客車列車の最後尾のデッキに立つ。一旦引込み線に入った列車は自分を先頭に、複雑な線路配置の中から一本を選び出し駅構内へ進入してゆく。分岐器を渡る音、ブレーキのかかる瞬間、電気機関車の咳き込んだような警笛、その全てに恍惚とする。これを四回繰り返されては堪らない。陶然としたまま、一時間半後米沢に到着する。
 しかし、こんなことも山形新幹線の登場と共に遠い昔話になってしまった。某日、車で現地に向かい廃線と廃駅を辿る。二〇年間という時間の経過は残酷で、赤錆びた駅名看板や崩れかけた土盛りのホーム、豪雪から分岐器を守っていた体育館と見紛うスノーシェルター群の残骸が痛々しい。その脇を怪鳥のような山形新幹線「つばさ」が風のように駆け抜けてゆく。鉄道名所板谷峠はこうして過去のものになっていた。

(二〇一〇・五・十三)

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