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「800字文学館」 体験記・紀行文

カンチャナブリの子供たち

三春

 映画『戦場にかける橋』で知られるカンチャナブリ(タイ)のクウェー・ヤイ川鉄橋から北へ100km、ターンロット国立公園を訪れた。観光コースにはない見どころとトレッキングが目的だ。ところが地元で尋ねても誰もそんな所は知らない。一人に尋ねると「何だ、どうした?」、あっという間に10人も寄ってきてわいわいがやがや。ようやくその方面のバスを見つけたが途中までしか行かない。まだ20kmも先だという。仕方ない、そこからは300バーツで軽トラックに乗せてもらった。

 到着はしたものの、日本人はおろか人っ子一人おらず、私と息子の二人だけ。そこへ地元小学生の社会科見学らしき一団がやってきた。これと一緒では騒々しいと、逃げるように歩を早める。

 さて、第一ポイントの鍾乳洞に入ったが……、おどろおどろしい岩と暗闇のなかを蝙蝠が飛び交い、目を凝らせば足元に川も流れている。地獄に迷い込んだ心地で、恐ろしさに足が竦んで動けない。「そうだ! あの子たちと一緒なら怖くない、早く来ないかなぁ!」。

 お蔭で鍾乳洞を15分ほどで抜け、川沿いにジャングルを進む。子供たちは寄道あり、猿顔負けの木登りありと好き勝手にやっている。先生も、危ないからやめなさいなどと無粋なことは言わない。

 滝つぼに着いた。歓声をあげて水に飛び込む子供たち。変な外国人にも臆せず一人の少女が一緒に写真をとせがんできた。子供が苦手の私でさえこの人懐こさと無邪気さにはかなわない。目を輝かせた子供たちと戸惑い気味な笑顔のオバサンの集合写真がいずれ教室に貼られることだろう。

 この先は頂上の大洞窟まで急勾配が続く。木や岩にしがみつき、流れる汗を拭う余裕もない。一歩まちがえば崖を転げ落ちそうだ。もう駄目だと諦めかけた時、数人の子供がひょいひょいとこともなげに降りてきた。一足先に頂上まで登ってきたらしい。

 思い出した。小利口な子供が増えた日本にも、昔は天真爛漫で逞しい子供たちが溢れていたことを。

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